ゆきおから携帯に連絡があった。

どのように報告するか、まだ決めかねていた。
下手に誤解を招くことでも言えば、彼らの夫婦間に微妙な亀裂を生むかもしれない。
現にゆきおの心には、澱んだヘドロのような猜疑心がある。
その猜疑心を煽るような真似はしたくなかった。
しかし、半月もかけて結果がないでは、かえっておかしい。

彼女がCHATをしていることはゆきおも知っていることだから、私は差しさわりのない「B」のハンドルネームの存在を伝えた。
Bは素の彼女と同じ姿をしている。
実年齢と専業主婦であることを明言し、取り立てて目立ちもせず、CHATの他のメンバーと差しさわりの無い会話で盛り上がる、普通の主婦としてのCHATだ。
ゆきおはそのハンドルネームで「男」と連絡を取り合っていると疑っているようだった。私はCHAT部屋での会話や他のメンバーの証言などの会話ログをメールで送り、何も無いことを伝えた。


しかし、「A」の存在は彼には伝えられなかった。
なぜ、彼女がこのような破廉恥なキャラを演じているのか、理解できなかったからだ。
「A」は私の知る「ゆりこ」の姿ではなかった。


下品な言葉の言い回し、猥褻なジョーク、白痴的な顔文字、狂ったような笑い文字がモニタに垂れ流される。
そこに群がる男たちは、剥き出しの欲望を彼女にぶつける。嬌声のような言葉とうめきのような言葉がモニタを埋め尽くす。
あまりの激しい内容にキーボードの手が止まり、CHATの言葉の渦の中、彼女が大勢の男たちに犯されていくような錯覚に襲われ、思わずアクセスを切った。


 「これ」は本当にゆりこなのか?
  普段の貞淑な姿は「仮初め」のものなのか?

疑問は私の中で大きく膨れていった。
「A」を、ありのまま伝えれば、私よりゆきおが混乱することは明白だ。
下手をすれば、彼女に問いただしかねない。
普段の彼女の姿から、「主婦の欲求不満の捌け口」と一笑に伏すことができなかった。
また、ゆきおに「A」の存在を知られた場合の、彼女のことが、私には想像がつかなかった。
私はゆきおに「A」の存在を隠すことにした。


私の説明に、ゆきおは納得しなかった。
今後も継続的に調査を続けてほしい旨と、プロトコルアナライザーによるデータの収集も続けてほしいと言った。
私はこれ以上の結果が出ない可能性と、多忙であることを理由に彼の申し出を断った。
しかし、本当の理由は、「覗き」をしていることの罪悪感と、自分が卑しい「覗き屋」として、ゆりこに「発見」されることが怖かったからだ。

ゆきおは執拗に継続を申し出て、「友人の頼み」ではなく、「仕事」として調査を依頼してきた。
私はゆきおの勢いに圧され、断ることもできず、あいまいな返事をするしかなかった。
なぜなら、ゆきおに全てを伝えていないことに、私は小さな罪悪感を感じ始めていたからだ。


私は携帯を切り、タバコを一服した。
いつもより苦々しく感じながらも二本ほど灰にした。

私は「誰」の為に行動してるのか、目的を見失いかけている自分に気がついた。

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